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​犬アトピー性皮膚炎:急性期の治療 ③

局所グルココルチコイドによる短期治療
局所グルココルチコイドスプレー(コルタバンス,(株)ビルバックジャパン)はCADの悪化の治療に有効です. 1-2週間の毎日適用がアトピー犬における病変と痒みを大幅に改善することが確認されています.
他の局所グルココルチコイド製剤☆が理論的に有益である可能性があります. ただし, 薬剤の有効性および安全性は使用したグルココルチコイドの強度と基剤に応じて変化します. 治療期間,使用の頻度は,それぞれの患者に合わせて調整されるべきです. 局所塗付は通常,症状が完全かつ安定した寛解に至るまで継続します. 局所グルココルチコイドは,限局した皮膚病変への短時間適用のために特に有益ですが,常に同じ皮膚部位に対する長期的な毎日適用後に発症するグルココルチコイド誘発性皮膚萎縮を避けるように注意が払われなければなりません.
☆モメタゾンフランカルボン酸エステル
Very Strongに位置づけられる新しいタイプの外用グルココルチコイド薬です. 経皮塗布による血液吸収は殆ど無いことが確認されています. モメタゾンの抗炎症効果はトリアムシノロンの200倍で,強力であることも証明されており,局所塗布による生体利用率は0.1%未満と低いことから, 外用による副腎抑制の起こり難い製剤として注目されます. 犬猫の皮膚外用薬としては承認されていませんが,ゲンタマイシン硫酸塩とクロトリマゾール(アゾール系抗真菌剤)を含有した外耳炎治療薬(モメタオティックⓇ (株)インターベット)が適応外で処方可能です. 発赤と痒みを呈する急性-亜急性の局所悪化病変には3日を目安として1日1回塗布するような処方が推奨されます.その強い抗炎症効果によって,短期間でほとんどの皮疹に改善が得られます.

​局所ステロイド製剤の例
経口グルココルチコイド製剤の年間投与上減量の目安

経口グルココルチコイド

重度または広範囲のADの犬には,経口プレドニゾロン,プレドニゾンまたはメチルプレドニゾロン1日量として0.5-1.0mg/ kg sid-bidの分割投与が,臨床症状を改善する可能性があるとしてされています.

長時間作用型注射用グルココルチコイドによるCADの急性悪化の治療は推奨されません. 経口グルココルチコイドの副作用は,薬物の効力,投与量と投与期間に通常比例するためです.

下記の経口グルココルチコイド製剤の年間投与上限量に配慮した場合,症状悪化時の痒み止めには,プレドニゾロンを「3日を限度の火消し役」として0.5mg/kgの用量でsid-bid,3日間程度が目安となります.

経口グルココルチコイド製剤の年間投与上限量の目安

ACVD皮膚科専門医のJohn C.Angusは,グルココルチコイドの副作用を避けるために,犬の生涯で投与できるグルココルチコイド量に上限を定め,1年間(12ヵ月)の投与上限量は体重1kg当り33mgと提示しています.

例として,9kgの柴犬は年間約300mg,5mgのプレドニゾロン錠で年間60錠が上限となります. 通年投与で平均換算すると1ヵ月に5錠が限度となります.メチルプレドニゾロンを代替として使えば多飲多尿を緩和することができ,投与量も80%に減らすことができます.

 減感作療法をはじめとした免疫療法の併用や,亜鉛やセラミドの補強やシャンプー・外用療法を用いることによって全身性のグルココルチコイド投与量を減らすことができます.

  やむを得ずグルココルチコイドを継続投与している犬は,家族に対する説明を十分に行い,理解と了承を得た上で,定期的なモニターを行うことが重要です. CADの治療としては,長期作用型のグルココルチコイド注射薬(デポー製剤)を決して使用するべきではありません.

オクラシチニブ

経口オクラシチニブ(ApoquelⓇ,日本名:アポキルⓇゾエティス・ジャパン(株))は全く新しい概念の痒みに対する分子標的薬・ヤヌスキナーゼ(JAK)阻害剤であり,CADに対する薬効のエビデンスも十分です. 経口で0.4-0.6mg/kg bidで最大14日間処方することが,新たな推奨内容として加わりました.

その短期治療は安全とみなされ,CADの皮膚病変と痒みを急速に軽減するために有効であることが示されています. 観察される副作用も少なく,即効性もあることから,米国では2014年の発売以来高い評価が持続しています. 他の治療との組み合わせの上でも重要な急性期慢性期の痒みをコントロールすることを目的とした重要なCAD治療オプションとなっています.
 オクラシチニブと経口グルココルチコイドの同時使用については未評価の段階ですが,用量依存性の薬物誘発性免疫抑制が潜在する理論的な懸念があるため,特に感染症の場合に禁忌の可能性があります. 二次感染のコントロールをした上での処方が必要です. 


 これらの薬剤を処方した後に迅速な臨床上の利益が存在しない場合,臨床獣医師は別の診断および/または二次的合併症(例えば,皮膚感染,外部寄生虫,非アトピー性の食物有害反応など)の存在を再考する必要があります.

【警告】同じヤヌスキナーゼ(JAK)阻害剤であっても,ファイザー社から発売されている人の関節リウマチの国内承認薬トファシチニブクエン酸塩製剤(ゼルヤンツ錠Ⓡ5mg)は犬には決して適用してはいけません. 予想できない副作用が発現する可能性があります.

オクラシチニブ
経口オクラシチニブ製剤

ロキベトマブ

2019年9月、抗体医薬テクノロジーを駆使した分子標的薬である、ロキベトマブ(製品名サイトポイントⓇ:ゾエティス・ジャパン)が、国内で動物薬として承認を取得したことを受けて、発表会がありました。
これによって、本邦でも犬アトピー性皮膚炎の治療に革新的な進歩がもたらされることが期待されました。
ロキベトマブは、イヌ化抗犬インターロイキン(IL)-31モノクローナル抗体で、主要な痒みを誘発するサイトカインであるIL-31を選択的に中和する分子標的薬です。
CADの犬の痒みに対して一回の注射で、速効性があり、その効果も数週間にわたり持続します。
注射後24時間以内に効果を発現し、1ヵ月間にわたり痒みを抑制、症状を緩和できます。臨床データによると3〜4ヵ月の投与によりその効果は最大に引き出せるようです。
ロキべトマブは、製品名サイトポイントとして米国で3年前( 2mg/kg 4〜8週間に1回 皮下注射)に、EUで2年前( 1mg/kg 4週間に1回 皮下注射)に発売されていました。
既に100万機会の注射実績がある中で、顕著な副作用報告もないなど、犬に対する安全性が高く評価されています。
犬のIL‐31に選択的に作用することで、正常な免疫機能への影響も最小化され、安全性がもたらされます。
他の治療薬との併用禁忌もなく、併発疾患を持つ犬や、年齢による投薬制限もありません。
二次感染のコントロールや、皮膚バリアの増強、免疫療法など、従来の複合的な治療と組み合わせることによって、痒みに悩まされていた犬とその家族への大きな救いとなっています。

発売以来、実績が重ねられ、犬アトピー性皮膚炎の初期には用量依存性で効果が発揮されています。
慢性期の治療には、その他の治療法との組み合わせで痒みの抑制が得られているようです。

ロキベトマブ:サイトポイント

その他の治療オプション

エビデンスに値する評価はされていませんが,その他の治療オプションも症状に応じて応用可能です。症例によっては治療の根幹にも置くことができるほどです.

亜鉛の補給

犬の亜鉛の栄養要求量は人よりも高く, 成人男子の1日の所要量が10-12mgに対して17-18kgの中・大型犬の成犬維持期の最低要求量は34mgで人の3倍に相当します. 亜鉛は肉類には豊富に含まれるミネラルですが,肉類50gに含まれる平均亜鉛量は1.1mgしかないので単純計算で中型犬が肉類のみで亜鉛を満たすためには50gの30倍:1.5kgの肉類を毎日摂取しなくてはなりません. 手作り食で亜鉛を満たすのは, 経済的にも物理的にも困難となります. 

ドックフードメーカーはそのことを熟知しているので製造工程で亜鉛を添加して調整していますが,素人の手作り食では,カルシウムの添加は意識されていても亜鉛の添加の必要性は一般に知られていません. そのため必然的に手作り食には亜鉛の欠乏が生じます. 加えて大豆や穀物などを原材料に多く使用した場合これらは亜鉛と結合しやすいフィチン酸を多く含むため消化管内でフィチン酸塩となり, 亜鉛の吸収を阻害します. それが欠乏を助長することもあります. 

亜鉛の欠乏により,味覚障害,成長障害,肝臓への銅の蓄積,ビタミンAの不足(血流のビタミンAは亜鉛によって運搬される)などが起こります. 更に亜鉛はコラーゲンやケラチンを合成するために必須ミネラルなので, 欠乏により創傷治癒の遅れや被毛の粗剛化が起こります. 皮膚科領域では亜鉛反応性皮膚疾患症候群として以下のような症状の進行性病変が知られています. 特にシベリアンハスキーやアラスカンマラミュート等北方犬種で報告され,1歳から3歳の間で発症し,段階的に進行します.

【亜鉛の不足により皮疹に現れる諸症状】

  • 紅斑,脱毛,圧迫点の痂皮形成,鱗屑

  • 体の開口部付近の化膿

  • 瘙痒

  • 被毛粗剛および過剰な皮脂

  • 続発性細菌感染/マラセチア感染

  • 角化亢進,過剰色素沈着

 一般にCADとして診断されている犬の中には亜鉛欠乏に起因するものが存在することが想定されます. 補充には亜鉛量で1-3mg/kg/日量となるように調整することが推奨されます. ただし,誤飲による過剰量(血清亜鉛濃度1,000μg/dl)の摂取では,溶血を起こすので注意が必要です.

 

コラーゲン合成促進サプリメント

経口給与によってコラーゲン合成を促進させることを目的とした動物用サプリメントが発売されています. コラーゲン・トリペプチドにBCAAなどのアミノ酸を配合することにより,コラーゲンの基質供給,合成を促進することが可能であり, CAD治療におけるグルココルチコイド誘発性皮膚萎縮の皮疹改善例が経験されています.

亜鉛
コラーゲン合成促進サプリメント
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